【F1イタリアGPレビュー】 白熱のメルセデスVSフェラーリ
なまり色の雲に覆われたモンツァに、ティフォシたちの熱狂と絶叫が響いた――。
今シーズンもいよいよ佳境の第14戦、イタリアGP。注目は激しさを増すメルセデスとフェラーリのタイトル争いだ。
圧倒的なPU(パワーユニット)の性能を武器に、2014年以降4連覇を続けているメルセデス。今シーズンに入り、その独走に待ったをかけたのがフェラーリである。開幕戦オーストラリアGPで勝利を収めたフェラーリはシーズン中もアップデートを続け、徐々にメルセデスとの性能差を縮めていった。
性能差の逆転が決定的になったのが、スパ・フランコルシャンで行われた前戦、ベルギーGPだ。アクセル全開率が75%を超えるこの高速サーキットでフェラーリは勝利を収め、もはや性能面でメルセデスに優位性は存在しないことを実証したのだった。
そして今回、イタリアGPが行われるモンツァ・サーキットはスパをも上回る超高速コースだ。さらにいえば、このコースはフェラーリのホームコース。スタンドは“ティフォシ”と呼ばれる熱狂的なフェラーリファンたちで赤一色に染め上げられ、まさに負けられない戦いである。
決勝当日、モンツァはどんよりとした曇り空に覆われていたが、対照的にコースの雰囲気は明るかった。前日の予選で、フェラーリがメルセデスを打ち破り、実に18年ぶりにこのコースで最前列を独占したのだ。
特に一番手を獲得したライコネンは前年のモナコGP以来のポール獲得となる。長年フェラーリで活躍してきた現役最年長ドライバーである彼の活躍に、ファンの熱気は最高潮に達していた。
決勝のスタート隊列は、一番手がフェラーリのキミ・ライコネン。二番手が同じくフェラーリのセバスチャン・ベッテル。続いて三番手、四番手にメルセデスのルイス・ハミルトンとバルテリ・ボッタスが並ぶ。
現地時間15時10分、決勝がスタートした。
1周目、ロッジアシケイン。はやくもレースが動く。
二番手のベッテルが、コーナー進入でイン側へ走行ラインをふった。前を走るキミが少しでも隙を見せれば、いつでも抜けるというアピールだ。たとえチームメイトが相手でも、容赦はしない――。アグレッシブさをむき出しにした、まさき気迫のドライブだ。
しかし、その気迫は裏目に出ることとなる。
ベッテルの外側の空いたスペースに、三番手のハミルトンがマシンを滑り込ませた。それも、考えられない鋭さでだ。レース開始直後で、タイヤは温まっておらず、マシンも重い。通常であれば、止まりきれない。しかし、現役随一のブレーキ巧者であるハミルトンによって、シルバーのメルセデスは魔法のように速度を落としていく。タイヤが白煙を上げることもなく、ついにマシンはターンインを開始した。
イン側のベッテルもまた、譲らない。ハミルトンより半車身遅れてコーナーへと飛び込んでいく。だが、このコーナーに二台が並んで抜けられるスペースはなかった。
結果、両者は接触。旋回安定期に入っていたハミルトンはそのままコーナーを駆け抜けたが、ベッテルはスピン。最後尾まで順位を落とし、このレースでの勝負権を失うことになってしまった。
この結果、一番手キミ・ライコネン、二番手がルイス・ハミルトンとなり、レースはこの二人の一騎打ちの様相を呈していく。
セーフティーカーの出動を挟んで4周目のホームストレート、自慢のマシンパワーでハミルトンがライコネンの前に出ると、ライコネンも負けじと4コーナーで抜き返す。そのあとも車間1秒以内、ラップタイムも0.1~0.2秒差の超接近戦が続いた。
20周目、にわかにピットが騒がしくなる。メルセデスがピットインの準備を始めたのだ。レース前、タイヤサプライヤーのピレリが予想したタイヤのライフが24周だったので、かなり早いタイミングのピットインとなる。アンダーカットである――!
アンダーカットとは、競争相手よりはやくピットインをすることによって、レース展開を有利にするレース戦略だ。タイヤの消耗によるレースペースの低下があと数周のうちに始まると予想されるとき、あらかじめタイヤを交換しておく。こうすることで、ライバルが消耗したタイヤで走っている最中に自分は新品のタイヤでタイムを稼ぎ、ライバルがピットインしたタイミングで逆転を狙うのだ。
しかし、フェラーリの対応は早かった。メルセデスのピットイン気配を察知すると、すぐさま自分たちもピットインの準備を開始。21周目、ライコネンがメルセデスの2台より先にピットイン。アンダーカットは失敗か、と、そう思われた。
しかし、なんとライコネンのピットインを確認すると、ピットインの準備を進めていたメルセデスのチームクルーたちはそそくさとガレージの中に帰っていくではないか!
そう、アンダーカットはブラフだったのだ。メルセデスの狙いは、相手チームより後にピットインすることによって逆転をねらうアンダーカットとは真逆の戦略、オーバーカットだった。
ライコネンは交換したタイヤが温まるまではペースを上げることができない。そして、21周を走ってきたハミルトンのタイヤはまさに今がピークだ。ここでペースを稼ぐことができれば、ピットインしたタイミングでライコネンの前に出ることができる。
「“ハンマータイム”だ、ルイス!!」
メルセデスのピットから、ハミルトンに無線で檄が飛ぶ。ハミルトンの鬼気迫るアタックが始まった。
もちろん、ライコネンもこれを指をくわえてみているわけがない。冷えたタイヤで暴れるマシンをテクニックで抑え込みながら、限界アタックを敢行する。
お互いのアタック、目に見えない戦い。次の周でハミルトンがピットからコースに戻ったとき、先頭にいるのはいったいどちらなのか――。
と、ここでまた奇妙なことが起こる。改めてハミルトンのピットインに備えていたクルーが、再びピットの中に戻ってしまったのだ。ファステストタイムを出しつつ、ホームストレートを駆け抜けていくハミルトン。
「ステイアウトだ。君はペースを持っている」
ピットからハミルトンへ飛んだ指示は、コース上にとどまることだった。
翌周も、翌々周もハミルトンはなぜかピットへは入らない。マクラーレンのピットは不気味な沈黙を続けたままだ。ライコネンのペースが上がらないと踏んでいるのか、
それとも......? 観客も、そしてフェラーリもその真意をつかむことができなかったが、ハミルトンがステイアウトを続ける以上、ライコネンはプッシュし続けざるを得なかった。
24周目、タイヤの熱入れを終えペースをつかんだライコネンがファステストラップを更新した。いっぽうのハミルトンはタイヤの限界を迎えペースを落としていく。ラップタイムで1秒以上の差をつけられ、もはやピット後にライコネンの前にでることは不可能だ。
結局ハミルトンは28周目にようやくピットイン。しかし、ライフを終えたタイヤで走り続けた結果、コースに戻ったときにはライコネンは遥か前方へと遠のいてしまった。
なぜ、ハミルトンはステイアウトを選択したのか......いぶかしみつつも、ひとまず胸をなでおろすフェラーリチーム。純粋なスピード勝負であればフェラーリに分があることは、昨日の予選で証明されている。ピット戦略で前を譲らなかった以上、このグランプリの勝者はライコネンで決まりだと、だれもがそう思った。
しかしこのとき、メルセデスチームはまったく違うビジョンを見ていたのだ。
ピットからハミルトンへ無線が飛ぶ。
「ライコネンは4.4秒前方。
――そして、さらにその前方に、まだピットインしていないボッタスだ」
そう、ここにきてライコネンの前方には、もう一台のメルセデスであるボッタスのマシンが立ちはだかっていた。
メルセデスのピットから、ボッタスへ「ライコネンを前に行かせるな」と指示が飛ぶ。タイヤ無交換でここまで走ってきたボッタスは、ライコネンより明らかにペースが遅い。
通常であれば、ライコネンはボッタスをなんなくパスできたであろう。だが、彼にはひとつ、おおきな誤算があった。タイヤである。
ハミルトンのオーバーカットを警戒し、交換直後のタイヤに急激な熱入れを行ったことが、ここにきて裏目に出てしまった。ライコネンのタイヤはこの時、オーバーヒートによって悲鳴を上げていたのだ。左リアタイヤには痛々しいブリスター(火ぶくれ)が発生し、コーナーの立ち上がりでスピードをキャリーすることができない。マシン差は解消されたとはいえメルセデスのストレートスピードが速いことに変わりはなく、手負いのタイヤではついていくことがやっとであった。
ここにきて、メルセデスの目論見が明らかになった。アンダーカットと見せかけてオーバーカットを仕掛けるという戦略さえ、とどのつまりはブラフ。二重のブラフの先にあったのは、ライコネンのタイヤを痛めつけ、レース終盤に勝負をかける作戦だったのだ。
ライコネンを猛追するハミルトン。ファステストタイムを更新し、一周で1秒以上差をつめるスーパーアタックを仕掛ける。
そしてついに33周目、ハミルトンがライコネンに追いつき、36周目には役目を終えたボッタスがようやくピットイン。勝負は再び一番手ライコネン、二番手ハミルトンの一騎打ちとなった。
勝負がふりだしに戻っただけにも見えるが、そうではない。なぜなら、ライコネンはハミルトンより8周も長く、そして激しく酷使したタイヤを履いているからだ。
ライコネンはペースを上げて必死に逃げをうつが、ハミルトンはそれにぴったりと追随していく。暴れるライコネンのマシンに対し、ハミルトンのマシンは傍目にも安定している。
何とか最後まで持ってくれ――。ライコネンが、フェラーリが、そしてスタンドのティフォシたちが一心にそう念じる。
しかし、44周目。最終コーナーのパラボリカ。コーナー脱出でうまくラインに乗せたハミルトンが、続く45周目のホームストレートでライコネンに並びかけた。第一シケイン、ハミルトンとライコネン、互いに意地をかけたブレーキング勝負――。
はたして、先にコーナーへ侵入したのはハミルトンだった。一周目にベッテルを抜き去ったブレーキングで、今度はライコネンをも降したのである。
古強者のライコネンも、限界を迎えたタイヤでハミルトンを抑え込むことはできなかった。頭を抱えるフェラーリのクルーたち、コースに響くティフォシたちの絶叫。
初めてトップに立ったハミルトンは一気にリードを広げて残り9周を走り切り、見ごとこの戦いで勝利を収めたのだった。
予選から決勝にかけて、メルセデス有利と思われていたモンツァでそれを凌ぐ速さを見せつけたフェラーリ。もはやメルセデスのマシンにはアドバンテージがないことを証明した。
これに対しメルセデスは、“チームの総合力”で立ち向かった。
レースの肝がタイヤであることをいち早く見抜き、トップ同士の争いにとらわれず、チーム戦略によって勝利を収めた。この面において、いまだメルセデスのレース戦略がフェラーリを一枚上回っている。イタリアGPは、それが如実に表れたレースとなった。
このイタリアGPでヨーロッパラウンドは終了し、いよいよシーズンは終盤に突入していく。次戦、シンガポールGPが行われるマリーナベイ・ストリート・サーキットはロングストレートが存在せず、パワーの差が出にくいコースだ。さらにランオフエリアのない市街地コースであるため、レース中かなりの確率でセーフティカーが出動する。よって、勝利のためには的確なレース戦略が必要となる。フェラーリにとって、今回と同じ轍を踏まないことが肝要だ。
はたして、メルセデスが5連覇に向かって突き進むのか、フェラーリが待ったをかけるのか。2018年シーズンはまだまだ目が離せそうにない。