【ダンケルク鑑賞記】『そこにいた』という理由で人が死ぬ、極限状態の追体験

去る日曜日、頬付氏とともに映画を見に出かけた。
お目当てはベイビー・ドライバーだったのだが、上映館が少なく県内ではやっていないため、お隣の県まで足を延ばすこととなった。

で、時間もあるしせっかくIMAX設備がある劇場まで来たということで、最近話題の『ダンケルク』も併せて視聴してきた。今回はその感想を記す。

 

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ダンケルク』は、第二次世界大戦においてドイツ軍に包囲され、フランスの港町ダンケルクに追い詰められた四十万人ものイギリス・フランス連合軍の兵士たちを救うべく決行された大規模撤退作戦を描いた映画だ。

この作品でまず感じたのは、「当時その場所にいた人間の追体験を徹底したテーマにしているということだった。作品全体を通じて、セリフや背景説明、人物描写などは極力省かれている。そのかわり、映像と音響によって登場人物が見ていた風景、聞いていた音が克明に描き出され、その心理状況が『追体験』として視聴者に伝わるよう工夫されているのだ。

例えば映画の冒頭は、ダンケルクの町に取り残された一人の兵士トミーがドイツ軍の銃撃から命からがら逃れ、防衛線の内側へ走りこむシーンから始まる。

彼がなぜ兵士となったのか、どこの部隊で何をしていたのか、いまはどんな状況なのか。そういった説明は一切なされない。代わりに状況を雄弁に語ってくれたのが、IMAXの大画面+大出力スピーカーを存分に使った映像と音響だった。

特に印象的なのが音響だ。
先述した「銃撃から逃げる」というシーンでも
・見えないどこかで火薬が爆ぜ、空気が震える
・凄まじい速度の「何か」が、風を切って身体のすぐそばを過ぎ去る
・過ぎ去った「何か」が近くの地面に着弾し、はじけ飛ぶ
といったように、いまがどんな状況なのか、説明はなくとも『音』で分からされる。正直なところこれがかなり恐ろしく、一切の背景説明がないにもかかわらず、開始数分にしてトミーに感情移入してしまった。すなわち、映画を見ている立場でありながら、私も「ダンケルクから逃げだしたい」と心から思ったのだ。

もうひとつ、音響による臨場感の演出ですごいと思ったのが『身体の中に響く音』の表現だ。

砂浜で爆撃を受けるシーン。遮蔽物のない砂浜で、逃げることも隠れることもできず、トミーはその場にうずくまりただただ祈ることしかできない。頭上を飛び去る爆撃機、そのあとを追うように爆発が画面奥から近づいてくる。ひとつ、またひとつと爆発が起こり、浜の砂と兵士が頭上高く跳ね上がる。いよいよトミーのすぐそばで爆発が起こった。なんとか直撃は免れほっとしたのも束の間、跳ね上げられた湿った重い砂が、文字通りの『土砂降り』となってトミーの体にボトボトと容赦なく降り注いぐ。

この降ってきた砂が身体を打つ音が妙にリアルで、自分が全身砂まみれになったようで気が滅入ってしまった。ダンケルクから離れたいと思う気持ちは増すばかりである。

ほかにも船が沈むシーンでは水しぶきを被る音で溺れるかと思ったし、列車に揺られるシーンでは線路に揺られる音で自分もまた眠くなる。…まったくの余談だが、列車やバスの振動が強烈に眠気を誘うのはなぜだろう。

 

映像面では、ノーラン監督のアナログ信仰が見事に火を噴いている。駆逐艦も実物、スピットファイアも実物、飛行機の墜落シーンでは実際にIMAXカメラを飛行機とともに海に沈め、砂浜を埋め尽くす40万人もの兵士たちですら実写エキストラで足りない分は兵士が描かれたボール紙という、ともすれば勘違いこじらせクリエイションかといいたくなるような頑固なこだわりっぷりだが、そこはそれ、実際に出来上がっている映像を前にすれば、私のような凡人はただただその完成度のまえにひれ伏すのみだ。

実際の戦闘機や駆逐艦が使われた映像は迫力満点で、特に戦闘機の機内が映るシーンはコクピットのタイトな感じや煩雑とした計器類、風防越しに見る空と海、レティクルから覗くメッサーシュミットなど、パイロットの視点の再現が素晴らしい。

 

以上のように、ダンケルクはとにかく登場人物の視点の再現に力を入れている。そして、登場人物は全員普通の兵士、もしくは船乗りであり、ヒーローのような存在は一切現れない。鑑賞中の観客は彼らと同じ視点から、全滅のタイムリミットが迫るダンケルクの危機的状況を体験し、兵士の無防備さ、無力さを痛感する。見終わった後、身体がじんわりとした疲労感と感動に包まれていた。これまでにない映画体験をすることができて非常に満足しており、遠くの劇場まで足を運んだ甲斐があったと思う。

 

最後にダンケルクを視聴する際の注意点をいくつか。

まず一つ目。この映画は、ダンケルクの浜に残された兵士の『一週間』、救出へ向かう民間船の『一日』、海上でドックファイトを繰り広げる戦闘機の『一時間』という3つの視点が並列で描かれ、それが物語のクライマックスに向けて徐々にクロスオーバーしていく、という構成になっている。時系列のシャッフルがあるので、混乱しないように注意されたい。私は当初大混乱した。

二つ目。この映画はぜひIMAXシアターでの鑑賞を勧めたい。というか正直、IMAXで見ないとつまらないまであり得る。上記の通りストーリー自体はかなりシンプルで、映像、音響をフル活用にてダンケルク追体験をする映画になっているからだ。少なくとも映画公開終了後にレンタルで借りてきたものを家で見ても、今回映画館で感じた感動は味わえないだろうな、と思う。

三つ目。IMAXシアターへ向かう際は、体調不良には気をつけてほしい。視界を覆いつくす巨大スクリーンと身体を震わす大音響という環境は想像より体力を使う。同行した頬付氏は前日飲み会だったらしく、寝不足と二日酔いに映画酔いが加わってグロッキーになっていた。

以上の点を踏まえ、ぜひ素晴らしい映画体験をして頂ければ幸いである。

 

ベイビー・ドライバー鑑賞記に続く。
…長文書いて疲れたから続かないかもしれない。